第0回自主企画「名残は留まり」

2024年4月6日(土)19:30開演
合唱:vocal collective 𒂡 指揮:谷口政弘 ピアノ:佐々木純哉

曲目

T.L.de Victoria:O Vos Omnes (おおすべての人々よ) [混声]

J.S.Bach:Chorale“Komm, O Tod, Du Schlafes Bruder”(来れ おお死よ 眠りの兄弟よ) [混声]

唐木亮輔:女声合唱組曲「父の面影」(詩:尾崎昭代) [女声] 初演

M. Леонтович (Leontovych):Отче наш (Otche nash/主の祈り) [混声]

Կոմիտաս (Komitas):Հայր մեր (Hayr mer/主の祈り) [混声]

S.Choukeir / S.Abu Khader:*Lao Rahal Soti (私の声が旅立っても) [混声]

Kodály Z.:Esti dal (ゆうべの歌) [混声]

プログラムについて

去年、友人を介して出会ったロンドン在住作曲家の唐木さんから、「初めて作曲した合唱曲」ということで楽譜をいただきました。唐木さんはこれまでに歌曲は作曲されてきていますが、合唱曲というのは初めてだそうです。今回の詩は、尾崎昭代さんによるもので、「背中」「初蝶」「やさしい再会」という、海難事故で亡くされたお父様について書かれた3つの詩からなります。

 混声合唱にも少し取り組みたいと思い、これらの詩をもとにどういった選曲にするか考えました。そのときにどうしても、大切な人を亡くすという出来事にどう向き合うかということに思いを巡らせざるをえなかったのです。それらはその人の私的な記憶や体験ではあります。解像度の差異はあるかもしれないけれど、今いるところから物理的に遠いところで起きていることも、つまりは個人の体験なのです。昨今の社会情勢や天変地異に起因する個人の記憶や事象を、演奏のために利用することにならないかと逡巡しました。それでもなお、単なる自己満足と言われようとも、それらひとつひとつに、拡大したり縮小したりしながらでも、合唱音楽という媒体を通じて事象を「知る」(提示する)という営みができればと思います。有体にいえば連帯かもしれません。無力であることをあえて自覚した上で選曲しました。

 さて、今回のプログラムでは、あまり日本では歌われないかもしれない曲もあります。Lao Rahal Sotiはシリア出身の音楽家によって書かれ、パレスチナ系レバノン人によって編曲されました(彼女自身、このルーツを大切にしています)。アルメニアのコミタスによるHayr mer、そしてウクライナの作曲家レオントーヴィチによるOtche nashは、どちらも「主の祈り(Pater Noster)」です。コミタスはアルメニア音楽を語るに欠かせない人物です。レオントーヴィチはクリスマスのあの曲(Carol of the Bells)が有名ですが、彼もまた多くの奉神礼音楽を残しました。他にもウクライナ民謡をもとにした曲が多くあります。キリスト教における神という存在に回収してしまう後ろめたさはありますが、それぞれの音楽を通じて、祈りにいたる個人の記憶や体験に目を向けらればと思います。

詩・テキスト

O vos omnes
おお、道を行くすべての人々よ、よく聞き、見るのだ。
私の似たような苦しみが、この世にあるだろうか。


Komm, O Tod, Du Schlafes Bruder
来れ、死よ、眠りの兄弟よ!来て、私を連れ去るのだ!
小舟の梯子を外し、安らかなる港まで連れて行ってくれ!
そなたを恐れるものもあろうが、私は喜んで受け入れる。
そなたを通じて私は愛しき幼子イエスの元に向かうのだ!

女声合唱組曲「父の面影」
詩:尾崎昭代

  1. 背中
    傾きかけた陽に向って
    老人が歩いている
    焦茶のセーター 少し猫背
    「おとうさん」
    と 呼びかけそうになる
    振りむかないで下さい
    父かもしれないから
    父であるはずがない
    あの日
    「海へ行ってくる」と言って出て行った父
    遊泳注意報が出ていた
    泳いでいた初老の男性が突然、波に呑まれた
    山育ちで海に憧れていた
    晩年をのんびり海の近くで暮らそうと
    近くに小さな家を建てたばかりだった
    父は貝殻になって帰ってきた
    あんなに大きなからだがなくなって
    こんなに白く 軽いものしか残らなかった
    お箸でつまめるほどに
    おとうさん
    寡黙だった でも優しかった父
    前を行く老人が父であるはずがない
    あの世に渡って
    わたしたちを見守り続けてくれているはずだから
    でも 呼んでもいいですか
    一度だけ
    おとうさん
    寄り添って歩くことも
    荷物を持ってあげることも できなかった
    おとうさん
    こっちを見て 私はここにいるの!
    前をゆく老人は
    振りむかずに
    角を曲がって見えなくなった
  2. 初蝶
    はなみずきの葉かげから
    けさ わたしは生まれたの
    あまいにおいの風が吹いて
    ああ いい気持
    白やピンクやうすむらさきの
    花たちが あいさつしている
    おはよう
    おはよう
    わたしの羽は
    まだ うすくてたよりないけれど
    飛んでゆこう
    飛んでゆこう
    きょうからあしたに向って
    ⻘葉から濃いみどりの夏に向って
    わたしの空に向って
  3. やさしい再会
    淡雪という名前のついた
    白い薔薇の花に
    蜂がもぐりこんだ
    そこに立派な黑揚羽がやってきて
    花のすぐ下の葉っぱに止まった
    順番待ちをするように
    ふいに 父を思い出す
    薔薇の中でも 特に白い薔薇が好きだった父
    控え目で 人に迷惑をかけまいと
    努めていた父のように
    黑揚羽は辛抱強く順番を待っている
    誰かが 蝶は人の魂と言っていた
    蜂の邪魔をせず
    順番を待ち続けている
    あの黑揚羽は
    やっぱり 父だった
    おかえりなさい
    おとうさん

Отче наш
天に在す我等の父や。
願くは爾の名は聖とせられ。
爾の国は来り。
爾の旨は天に行わるるが如く、地にも行われん。
我が日用の糧を今日我等に与え給え。
我等に債ある者を我等免すが如く、我等の債を免し給え。
我等を誘に導かず、
なお我等を凶悪より救い給え。

Հայր մեր
天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。

アーメン。

Lao rahal soti
私の声が離れても、あなたの声は留まる。
明日を見る、私の心はあなたとともにある。
もし歌い手が亡くなっても、歌は残る。
壊れて、苦しんだ心をひとつにしながら。


女声合唱組曲「父の面影」作曲:唐木亮輔 詩:尾崎昭代
唐木 亮輔 Ryosuke Karaki
東京音楽大学作曲科芸術音楽コース卒業、同大学作曲科研究生修了。作曲を有馬礼子、三木稔に師事。渡英後 Royal College of Music, London にて作曲科修士課程修了。
日本歌曲振興会主催「新・波の会」日本歌曲コンクール作曲部門にて最優秀賞ならびに全音楽譜出版社賞を受賞。また、国際芸術連盟主催「東京国際室内楽作曲コンクール」および、同連盟主催「東京国際歌曲コンクール」入賞。イタリアのボローニャにて開催された国際作曲コンクール「2 Agosto」にて 2 位受賞。受賞作であるピアノのオーケストラの為の“The Bird that Aspires to the Moon”はボローニャにてボローニャ歌劇場管弦
楽団により演奏され、その演奏は Rai Radio でも放送された。
日本歌曲には力を入れており、これまで京ことばでの歌曲を含め 20 曲以上発表。オペラ歌手佐藤美枝子より「いずれ脚光を浴びる作曲家」と称されており、歌曲「花の雨」(詩:尾崎昭代)はチャイコフスキー国際コンクール優勝 20 周年記念コンサートでも取り上げられた。
作曲家 Howard Skempton のピアノ連弾曲「Primary Colours」を編曲した小品が、英国ABRSM より出版されている。

尾崎昭代 Akiyo Ozaki
栃木県日光市生まれ、山梨県南アルプス市在住。現代詩人新川和江、吉原幸子に師事。
詩「ラ・メール」が三善晃作曲により高等学校「音楽III」の教科書(教育出版)及び「混声合唱曲集」(教育出版)に掲載。童話「妖精の森」第 14 回アンデルセンメルヘン大賞・優秀賞受賞。詩「花の雨」第 15回日本歌曲コンクール作詩部門優秀賞受賞。その他国⺠文化祭、中新田縄文賞、産経新聞の月間賞、年間賞など受賞。詩集「海とつぶやくと」「猫の日曜日」「やさしい朝」「ねえ 猫」「風の椅子」「水無月の水」「レクイエムの蝶」など。
詩誌「アリゼ」元同人、総合誌「中央線」同人。

指揮/企画:谷口政弘
合唱指揮者、アンサンブル歌手、アートマネジャーほか。マルタ国立合唱団バス(アンサンブルメンバー)。
第12回JCAユースクワイア(全日本合唱連盟主催)アシスタント・コンダクター。伊勢市出身。静岡県立大学国際関係学部卒業、東京藝術大学音楽研究科音楽文化学専攻芸術環境創造修了。サボー・デーネシュによる合唱指揮マスタークラス受講。

ピアノ:佐々木純哉
1996年生まれ。広島県出身。神戸大学卒業。関東・関西の両拠点で合唱指揮者・ピアニストとして活動している。2021年第11回日本バッハコンクール全国大会金賞、他入賞歴多数。神戸大学在学中、ピアノでの活動を評価され大学より2017年度学生優秀表彰を受ける。これまでに関西・関東の様々な合唱団の演奏会にて客演ピアニストを務める。 指揮では、Tokyo Cantat 2023 第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクール本選にてファイナリスト、初見課題賞、エルヴィン・オルトナー賞。同コンクール副賞で2023年7月オーストリアに短期留学。アーノルト・シェーンベルク合唱団の一員として教会での演奏会の経験を積んだ他、クレムス国際合唱アカデミーにて合唱指揮及び合唱の研鑽を積んだ。現在、関西、関東の複数の合唱団にて指揮者を務める。
【X(旧Twitter)】@sasajun1226 / 【HP】https://junya-sasaki-2.jimdosite.com

合唱:vocal collective 𒂡
special thanks 高松宏弥